Plume 2
Plume 2とは五十嵐 友洋  堀江 洋賀からなるギターデュオのユニットです。
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ほりえ10月11月スケジュール
今月は諸事情により2回のみ。
来月も少ないので、是非聴きに遊びにいらして下さい(^-^)/ ☆

10/26 金曜  千葉みなと クリッパー
20:00start  投げ銭
pf.秋葉 純   他

10/31 水曜  千葉みなと  クリッパー
 19:00start   2000yen
ts.宮田よし  bs.永見寿久
ds.今野大輔

11/3  土曜 館山 Portulaca (雑貨屋)
   午前11時過ぎ  &午後 の2stage
   無料   お祭りで色々なお店有。
   bs.山崎伸之

11/5 月曜 平井 Time After Time
   21:00start   投げ銭
   bs.多田和弘

11/21  水曜 小岩 BACK IN TIME
    20:00start  charge1800yen
   gt.五十嵐友洋

11/22 木曜 池袋 Hotpepper
    20:00start  charge2500yen
   bs.黒木卓馬  ds.渡邊雅之
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東北の旅 第4弾 その3
日記を書くペースが遅すぎますね。
最終日です。

朝ぐだぐた起きて、近くのホテルの大浴場に行きました。
気仙沼湾沿いの丘の上にあるホテルで、湾沿いを車で走りましたが、地盤沈下が場所によっては1m以上あるという事で、湾の水面と道路の高さがほぼ同じでびっくりしました。

雨が降ると溢れて通行止めになる事も。
地盤沈下は陸前高田の方も同じで、湖みたいになってしまっている場所もありました。
道路の嵩上げ工事も前回来た時より少し進んでいました。

大浴場でひとしきり遊んだ後は、近くの復幸マルシェへ。
ここは前回来た復興屋台村と同じで、仮設のお店が沢山ある商店街みたいなとこです。
近辺にはまだたくさん崩れたビルや家の残骸がそのままでした。

最終日はここ、復幸マルシェで演奏です。
色々演奏しましたが、最後に例の曲を!
前回の旅で地元のおしゃべりなおじさんに教えて頂いた、気仙沼の住人なら知らない人はいない!とゆう故郷の曲、「おいらの船は300トン」。
演歌な曲ですが、さすがに皆さん手拍子もして頂き大成功でした?

終わってから自分の家の近所のカフェ、馬込沢ララルーさんに託して頂いた手作りクッキー(気仙沼バージョン)をお客様に配りました。
初日も2日目も配りましたが。
今回は5.6歳くらいの小さい女の子がいたので多目にあげました。

少し余ったので、どこか子供のいそうなとこに配りに行こうと思ったら、幼稚園児の子を持つお母さんが、娘の幼稚園で配ります!と言って頂き全部渡しました。
幼稚園でも是非演奏してほしいと言われ連絡先を交換。
おいらの船は300トン、幼稚園の子供達も歌えるそうです!

帰ってから数日後、園長先生から電話があり、また来る際には幼稚園にも来て下さいとおっしゃって頂きました。
子供向けのイベントは多いので、子供の親子さん向けに演奏してほしいとの事でした。

子供向けのボランティアやイベントは多いようで親達にも何か癒しになるイベントが必要だとおっしゃっていました。なるほど。

マルシェの帰りはテレビでもよく出ていた、赤と青のすんげーでかい船を見に行きました。これは300トンじゃきかないそうです。
津波で気仙沼の駅前まで打ち上げられた超巨大な船。
車が下敷きになったまま。
花もたくさん供えられていました。
小さい看板も立っていて、「ここは多くの方が被災された場所で、亡くなられた方や被災者の方達に配慮し、撮影等は節度ある範囲でお願いします。」みたいな内容の事が書かれてました。

お供物の前で手を合わせてから、写真を撮りました。
ここが主要駅の駅前だったとは思えない光景、建物は基礎が少し残っているだけで辺りは何も無かったです。
何度来ても込み上げるものがあります。

この巨大な船、後世に津波の恐ろしさを伝えるために残しておく意見と、こんな物は見る度に悲しい思いをするだけだから早く撤去しろという意見でもめてるみたいです。

原爆ドームみたいに、物を残しておくのは良い事だと思いますがなかなか難しいですね。



もっとたくさん行ければ良いのですが、時間やお金の都合があるので、年に2回ペースです。
冬は雪とかすごいだろうしな。

次は春かな?
早くまた皆さんに会いに行きたいです!人だけでなく土地にも愛着が湧き、将来どんな風に復興していくか楽しみです。

書き忘れた事は無いかな…。
以上! 報告でした!


ほりえ
東北の旅 第4弾 その2
夜8時くらいに岩手県陸前高田市にある住田基地に到着。
ここは初回からお世話になっているボランティアの人達の専用施設です。
運営もボランティアの方達がやっています。(でもうちら泊まったのが最終日で翌日閉鎖でした。やはり維持費も大変だそうで。)

徳田さんがある物でちゃちゃっと酒のつまみを作ってくれてローソンで買ったワインを飲んで寝ました。

翌日は朝から近くのボランティアセンター(ここも毎回世話になってます)で仕事をもらい、装備を整えて現場に向かいました。

とある場所の草取りでした。
今回来て思ったのはとにかく雑草があちこち生えまくり。
瓦礫の山も雑草まみれでした。

ここの雑草取りは誰かの依頼があったのだと思います。月日が経つにつれて作業内容も変わってきて、初回のようなヘドロの中で瓦礫撤去というヘヴィーな仕事は無いようです。

たかが草取りですが、現地の方達の思い出の品や貴重品が見つかったり、なんと遺骨を発見する事も今だにあるそうです。
遺骨を発見すると、落ち込んでしまう方もいらっしゃいますが、探していた家族の方が大変喜ばれるので良い事でもあるんですよ、とボランティアセンターの方が言っていました。

この日は現場に着くと雨がザーザー振り出してしまい作業は2時間程で中断になってしまいました。

予定より時間が余ったので、陸前高田にあるジョニーというジャズ喫茶に行ってみました。
ここも仮設でしたが、でかいスピーカーがありレコードやCDもたくさんありました。
ママさんも温かく迎えてくださり、オススメのレコードもかけてくれたり。
コーヒーやらおつまみをたらふく頂き、気仙沼のジャズ喫茶、茶色い小瓶に出発!

気仙沼で毎度お世話になっているギターの斎藤さんと合流し、ライブ前に焼肉を皆で食べて茶瓶に入りました。
なんと店内はお客様で満席!
ありがたやー☆
山浦マスターとも再開できて嬉しい?
相変わらずすごいエネルギーの山浦さん…!恐れ入ります…!!
お客様も後半参加して頂きセッションもしました。
お客様にもたくさん来て頂き、お店には新しいスタッフの方も増えてたり、回を増すごとに活気も増してきてますね!
コーヒーも美味しかった。

終わってから近くのファミレスで食事。
斎藤さんに当時の津波の状況を色々聞かせて頂きました。そしてこの辺の川に防波堤を建てるやら建てないやらの町の問題や、被災した斎藤さん自らが行っている支援活動や、色々と町の動きもお話して頂きました。

そして近所にある斎藤さん宅(家とゆうかビル…!!)に泊めて頂きました。ありがたや!!

次の日は早起きして近所の風呂行くぞー。という事で就寝。

つづく


ほりえ
東北の旅 第4弾
9月の末にサックス徳田雄一郎さんと4回目となる東北ぶらり旅へ行って参りました。
今回は2回目参加のベース山崎伸之さん、初参加のドラム渡邊雅之くんの4人で、徳田さんの愛車に楽器と荷物をぎゅーぎゅーに積んで出発。

初日は飯舘村の方達が避難している、福島市松川町の仮設住宅へ。
飯舘村は避難区域で立ち入る事ができません。そこから少し離れたとこにある仮設です。

集会所には自分達のライブのチラシも貼ってあり、快く迎えて下さいました。
避難しているとはいえ、やはり原発から近い場所。予想通り子供はほとんど見かけませんでした。
大半が高齢の方達でした。

演奏は皆様熱心に聴いて頂き、楽しく演奏できました。
ソロ後の拍手もバッチリでした?
終わってからは、片付けをしながら管理人の方が想いを語って下さいました。

飯舘村はもう人気も無く、草も伸びて、景色が死んでいると言っていました。
原発はあってはならないと。

元住んでいた場所に戻れるのは5年後。
私は3年後。
とか、人それぞれ地域によって基準があるらしく皆さん戻れるタイミングが違うそうです。
5年や3年で戻れるんでしょうか…。
その年数に疑問を覚えます。

おれはあと5年ここにいるから、また来てくれよと言って下さる方もいました。
また絶対来たいなーと思いました。


やっぱりこれだけ原発のある国なんだから、原発の教育をしなきゃいけないと思います。
この震災があるまで、こんなに危険な物がいくつも日本にあるなんて、恥ずかしながら知りませんでした。

さんざん恩恵を受けといて今更原発反対ですが、そうなる仕組みであったとも思います。

今だって、テレビで原発の報道ほとんどしてないしな。
まだ放射線出てるのにな。
実家帰った時しかテレビ見ないけど。


あ、あと義援金てもらいましたか?と聞いたら、町には2.3回出たと言ってました。個人的にはもらってないようでした。
もらうには手続きやらが色々あると聞いた事もありますが。
岩手の方で家を流された方で、義援金で家を買ったって話も聞いたり。

手続きをしてるか否かの違いなのか、津波と放射線の被害の違いなのか、よくわかりませんが。


帰り際、お土産にミスタードーナッツを頂きました!やった!
ちなみに仮設住宅の周りは何も無く、買い物や病院へは専用のバスで行き来してました。
皆さんに別れを告げていざ、岩手県陸前高田へ! つづく


ほりえ
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